【第1回】ぷぅ先生のこれまでの歩みを教えて!

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話しているこうのすけ

ねぇねぇ、ぷぅ先生。

妊婦さんやお医者さんからたくさん頼られているイメージなんだけど、最初から王道のエリートコースを歩いてきたわけじゃないんだよね?

どうやって今のぷぅ先生にたどり着いたのか、ぼく、すごく気になる!

それに…子どもの頃から型破りで、ものすごく負けず嫌いだったって聞いたんだけど、本当?

「そうねぇ。『お姉ちゃんと同じことがしたい!』って気持ちが強すぎて、2歳で幼稚園に入ったくらいだから(笑)」

えっ、2歳で幼稚園!?

そんなことできるの!?

「当時はね、できちゃったのよ。今思うと、自分でも不思議」

さっそくパンチの強いお話だ…!

あ、そうだ。小学校のお受験でも伝説みたいなエピソードがあるんだよね。

試験で「車と人が通っている絵をみて、合っている人や車、間違っている人や車を探す」みたいな問題が出た時、ぷぅ先生はじっと用紙をみつめて答えを出すんじゃなくて、席を立って机の周りを歩き回り実際に人や車の気持ちになって合っているかどうか検証したとか。

「わかんない時は実際にやってみればよいと思ったのよね。今思うと、試験用紙を回せばよかったんだけどね(笑)」

わからないなら、自分の目で確かめる。

その探究心、今のぷぅ先生そのままだね。根っこは、子どもの頃から変わらないんだ。

「そうみたいね(苦笑)」

笑顔で話しているこうのすけ

ぷぅ先生って探究心が強くて、患者さん想いで、ほんとにお医者さんになるべくしてなった人って感じがする。

いつからお医者さんになろうって思ったの?

「それがね、大学3年生の時なの」

えっ、大学3年生?

その頃って、医学部にいたんだよね?

「高校卒業後に進学したのは、慶應義塾大学の法学部だったのよ。中学のころに『罪を憎んで人を憎まず』という言葉をみて法律に興味あったのよね」

法学部にいたんだ…!

じゃあ、その時点ではお医者さんになろうと思ってなかったんだね。

法学部を卒業しても、お医者さんにはなれないもんね。

「そうね。だから法学部を卒業した後、別の大学の医学部に進学したの」

驚いているこうのすけ

大学に2回通ったってこと!?

うわぁ、すごいなぁ。詳しくお話を聞きたいな。

「父がね、筑波大学で哲学の教授だったんだけど、重い病気で倒れてしまって。ちょうど慶應大学3年生の時。
病床で聞かれたのよ。『お前は将来、何になりたいんだ?』って。
私は、大学でその頃興味があった医療の倫理や法律に関わる仕事を考えてるって答えた。そしたら父が言ったの。
『それなら医学部に行け。外側から医療を何十年勉強しても本当の医療はわからない。中にどっぷり入らないとわからないんだ』って。
……あの言葉は大きかったわね。心に刺さったの」

驚いているこうのすけ

お父さんの言葉が、ぷぅ先生の人生をグッと動かしたんだ。

でもさ、法学部から医学部って、相当ハードだよね?

「ええ、簡単じゃなかったわ。でもね、もともと文系だったけど数学が得意だったし、あまり人から押し付けられて物事をするのが苦手だったのね。
だから自分で決めたの。
予備校にも通わない。誰かに頼るんじゃなくて、1年間の完全独学(宅浪)で行くって決めて。模擬試験とかで自分がどれくらいということだけ知って弱点を克服して、強みを伸ばして…」

たった一人で机に向かって、医学部合格を目標に勉強する日々…。

ぼく、想像しただけで気が遠くなるよ…。

でもその結果、ぷぅ先生は見事合格を掴み取ったんだよね。

「振り返ると、あの1年で、自分の物事に対する論理的思考とかの基礎ができた気がする。
何事も人生で遅すぎることはないって、学んだわね」

笑顔のこうのすけ

うんうん。

子どもの頃の経験も、お父さんの言葉も、全部が今のぷぅ先生につながってるんだ。

次のお話も楽しみ!

また聞かせてね、ぷぅ先生。

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